東京都新宿区の明治神宮外苑にある岸清一像について紹介します。
近代スポーツの父を称える銅像です。
岸清一像の見どころと感想

岸清一像はどんなところ?
嘉納治五郎(1860-1938)は、古来の柔術をもとに近代柔道を創始した柔道家・教育者です。東京高等師範学校の校長を長く務めるなど、学校教育や体育の発展にも尽力しました。また、1909年には日本人初の国際オリンピック委員会委員となり、1911年には大日本体育協会を設立。翌年のストックホルム大会では、日本初のオリンピック選手団の団長を務めました。
銅像は、国立競技場に近いJAPAN SPORT OLYMPIC SQUARE前に設置されています。この一帯は日本オリンピックミュージアムや五輪関連のモニュメントが集まる場所で、日本のスポーツ界とオリンピック運動の発展に大きく貢献した嘉納の功績を伝えるのにふさわしい場所といえます。
岸清一像へのアクセス(行き方)
東京メトロ銀座線外苑前駅2b出口より徒歩約9分。
都営大江戸線国立競技場駅A2番出口より徒歩約9分。
JR中央線・総武線千駄ヶ谷駅より徒歩約12分。
見どころ・感想
銅像横にある説明版です。

岸清一先生は、本会創立者 嘉納治五郎初代会長の
後を承け、二代目会長として、半生をわが国のスポー
ツ発展に捧げられ、偉大な業績をのこし、今日の基礎
を確立した。岸先生の遺志による寄付金をもって、昭和十六年、
お茶の水駅前の、狂歌で名高い蜀山人終焉の地跡に、
九千五百六十平方米の土地を求め、本会と傘下各競技
団体の総合事務所として、「岸記念体育会館」を建設
し、今日まで、わが国アマチュアスポーツの大本山と
して、重要な役割を果たして来た。岸先生は、オリンピック東京大会招致が実現した暁
には、大会運営の総本部を本会の事務所と同じ建物の
うちに置くことを念願とされていたので、オリンピッ
ク東京大会の開催を機に、岸先生の遺志を体し、大会
運営の利便をはかるため、由緒あるお茶の水の「岸記
念体育会館」とその土地を二十五億円で売却して、東
京大会の中心となるこの地に四千二百平方米余の土地
を求め、新「岸記念体育会館」を建設した。残余の十
億円は、本会の基本金百万円に加え、これを十億百万
円とした。日本アマチュアスポーツ育ての親、岸先生の偉業を
偲び、新「岸記念体育会館」の落成に際し、この像を
建立する。昭和三十九年七月十日
財団法人 日本体育協会
ここの説明板は、1964年に渋谷区神南へ移転した2代目岸記念体育会館の落成時に、岸清一像とともに設けられたものと考えられます。像と説明板はその後、現在のJAPAN SPORT OLYMPIC SQUAREへ移設されています。
岸清一像の基本情報
岸清一像の場所の地図は以下の通りです。
| 住所 | 〒160-0013 東京都新宿区霞ヶ丘町4-2 |
おわりに
以上、岸清一像についての紹介でした。
東京へ行った際には訪れてみてはいかがでしょうか。