カンボジア・プノンペンにあるキリングフィールド(チュンエク大量虐殺センター)について紹介します。
S21の先にあった処刑場です。
この記事の概要
プノンペンのキリングフィールド(チュンエク大量虐殺センター)の見どころと感想

プノンペンのキリングフィールド(チュンエク大量虐殺センター)はどんなところ?
プノンペンのキリングフィールドは、町の南西に位置する、チュンエク大量虐殺センターの通称で、ポル・ポト率いるクメール・ルージュ政権下で多くの人々が処刑された場所です。もともとは果樹園や墓地として使われていましたが、1975~1979年には、S21政治犯収容所(現在のトゥールスレン虐殺博物館)などから移送された人々がここで殺害されました。
現在も敷地内には多数の埋葬地跡が残り、発掘された犠牲者の頭蓋骨や遺骨を納めた慰霊塔が建てられています。また、「キリングツリー」と呼ばれる木など、当時の惨状を伝える場所も保存されています。現在は犠牲者を追悼するとともに、クメール・ルージュ時代の虐殺の歴史を後世に伝える重要な記憶の場となっています。
プノンペンのキリングフィールド(チュンエク大量虐殺センター)へのアクセス(行き方)
プノンペン中心部からタクシーやトゥクトゥクで約30~40分程度。
見どころ・感想
敷地に入ってまず目に入るのが、中央にそびえる大きな慰霊塔です。

カンボジアの伝統的な意匠を取り入れた塔の内部には、発掘された犠牲者の頭蓋骨や遺骨が安置されており、チュンエクを象徴する追悼施設となっています。
慰霊塔を離れて園内を進むと、木々に囲まれた静かな敷地の各所に、地面が大きくくぼんだ場所が見えてきます。

これらは犠牲者が埋葬されていた穴の跡で、発掘後もその形を残したまま保存されています。
地面には犠牲者の骨とみられるものや布切れが露出している場所もありました。

チュンエクでは、雨による土壌の浸食などによって、現在でも埋められていた遺骨や衣服の一部が地表に現れることがあるようです。
こちらは地中から見つかった犠牲者の衣服を集めて保存した展示です。雨が降るたびに衣服が地表へ現れ、それらを集めて保存しているそうです。

敷地内にはこのような埋葬地が数多く点在しています。この場所には頭部のない166人の犠牲者が埋葬されていたそうです。

こちらはキリングツリーと呼ばれる木です。

処刑者がこの木に子どもの頭を打ち付けて殺害したとされており、チュンエクの中でも特に凄惨な歴史を伝える場所のひとつです。
現在は木の幹いっぱいに無数のミサンガや数珠、アクセサリーなどが掛けられ、根元には花も供えられています。

小さな人形なども見られ、ここを訪れた人々が犠牲となった子どもたちを悼み、それぞれの形で祈りを捧げてきたことがうかがえます。
敷地内にはミュージアムもあり、クメール・ルージュ政権やチュンエクで起きた出来事について、資料やパネルを通して詳しく紹介しています。

館内では、犠牲者が拘束されていた際に使われたとされる道具や、遺物なども展示されていました。

ミュージアムの展示もあわせて見ることで、当時の収容や処刑の実態についてより理解を深めることができます。
プノンペンのキリングフィールド(チュンエク大量虐殺センター)の基本情報
プノンペンのキリングフィールド(チュンエク大量虐殺センター)の場所の地図は以下の通りです。
| 住所 | Roluos Village, Sangkat Choeung Ek, Khan Dangkao, Phnom Penh |
| 入場料 | 6USドル(日本語音声ガイド付き) |
| 営業時間 | 8:00~17:30 |
おわりに
以上、プノンペンのキリングフィールド(チュンエク大量虐殺センター)についての紹介でした。
プノンペンに行った際には訪れてみてはいかがでしょうか。
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