東京都新宿区の神宮球場にある東京六大学野球発祥の地碑について紹介します。
東京六大学野球の歴史を伝える記念碑です。
この記事の概要
東京六大学野球発祥の地碑の見どころと感想

東京六大学野球発祥の地碑はどんなところ?
東京六大学野球発祥の地碑は、明治神宮野球場の入口付近に立つ、東京六大学野球連盟の結成100周年を記念した石碑です。東京六大学野球は、早稲田・慶應義塾・明治・法政・立教に東京帝国大学(現在の東京大学)が加わり、1925年に現在の六大学によるリーグが成立しました。
神宮球場はその翌年の1926年に完成したため、リーグ最初の試合が行われた場所ではありません。しかし、球場の建設や拡張には六大学野球が深く関わり、完成後は長年にわたってリーグ戦の舞台となってきました。このような歴史から、神宮球場は東京六大学野球を象徴する場所とされ、2025年に記念碑が設置されました。
東京六大学野球発祥の地碑へのアクセス(行き方)
東京メトロ銀座線外苑前駅2b出口より徒歩約6分。
都営大江戸線国立競技場駅A2番出口より徒歩約12分。
JR中央線・総武線千駄ヶ谷駅より徒歩約15分。
見どころ・感想
東京六大学野球発祥の地碑は、明治神宮野球場の敷地内、正面入り口の8番ゲート前に設置されています。

碑は野球ボールに東京六大学野球連盟のシンボルマークを組み合わせたデザインです。

明治36年(一九〇三年)に第1回の早慶戦が挙行
され、大正3年(一九一四年)には早稲田大学、
慶應義塾大学、明治大学の三大学によって初めて
リーグ戦を組織して試合を行うようになった。
大正6年(一九一七年)に法政大学、大正10年(一九
二一年)に立教大学が加入したが、早慶戦は行われ
ない変則な状態が続いていた。しかし大正14年
(一九二五年)五大学(早慶明法立)のリーグ戦に
秋季から東京帝国大学(現在の東大)が正式に
加入し、中断していた早慶戦も19年ぶりに復活、
名実ともに充実した東京六大学野球リーグ戦が
開始された。
東京六大学野球連盟の創設初試合は大正14年
(一九二五年)9月20日の明大対立大1回戦で、
当時の明大駒沢球場で開催された。翌大正15年
(一九二六年)に当連盟の協力のもと明治神宮野球場
が完成すると、以降は米軍に接収された第二次
世界対戦後の一次期を除き、当連盟は全ての
公式戦を明治神宮野球場で開催し、令和7年
(二〇二五年)に100周年を迎えた。
よって連盟創設100周年を迎えた本年、ここ
明治神宮野球場の地を「東京六大学野球発祥の地」
と定め、記念碑を設置する。令和7年(二〇二五年)4月12日
東京六大学野球連盟
東京六大学野球発祥の地碑の基本情報
東京六大学野球発祥の地碑の場所の地図は以下の通りです。
| 住所 | 〒160-0013 東京都新宿区霞ヶ丘町2-3 |
おわりに
以上、東京六大学野球発祥の地碑についての紹介でした。
東京へ行った際には訪れてみてはいかがでしょうか。