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【書評】ルビーモレノ『悲しい国、ニッポン』で綴られる謝罪と感謝の言葉

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今回は、ルビーモレノの『悲しい国、ニッポン』という本について紹介します。

1995年の失踪騒動の舞台裏から芸能界復帰に至ることになった想いが真摯に綴られています。

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ルビーモレノ『悲しい国、ニッポン』の書籍情報

タイトル 悲しい国、ニッポン
著者 ルビー・モレノ
出版年 1999年
出版社 立風書房

目次

本の目次

  • ごめんなさい
  • 日本脱出
  • 日本はリンゴの匂い
  • フェイク・パスポート
  • 芸能界の天国と地獄
  • 私は日本の女優
  • 芸能界復帰への階段
  • ありがとう

ルビーモレノ『悲しい国、ニッポン』の内容紹介と感想

概要

この本は、ルビーモレノの前著『銀色の月』に続く自叙伝の第二弾と言えるような内容となっています。

生い立ちから日本で芸能界デビューするまでの半生についても前著同様に触れられていますが、今回は95年の失踪騒動から日本復帰までの話が中心となります。

略歴と出版のタイミング

この本が出されたタイミングを説明するためにも、ルビーモレノの日本の芸能界での略歴を簡単に紹介します。

1992年、映画『あふれる熱い涙』でのデビューを皮切りに、ドラマ『愛という名のもとに』や『フィリッピーナを愛した男たち』に出演し知名度を高めていきました。そして、翌93年の映画『月はどっちに出ている』での演技が評価され映画賞を総なめにして、一躍、時の人に。

しかしその後、経歴詐称(結婚・離婚歴があることや子持ちのこと)が発覚しメディア向けの記者会見を行ったのが94年4月のことです。

前著『銀色の月』は同年10月に出版されておりこれまでの生い立ちや半生が赤裸々に語られました。

関連記事 【書評】ルビーモレノ『銀色の月』に見る1人のフィリピーナの壮絶な半生

その後も映画やドラマに出演しながらも、95年9月、日本での仕事を全てすっぽかしてフィリピンに帰国するという失踪騒動を起こしてしまいます。

そして2年ほどをフィリピンで過ごした後、再来日を果たしました。

本書『悲しい国、ニッポン』は少しずつ芸能界での仕事を再開し始めた99年に出版されています。

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謝罪と感謝の言葉

失踪騒動からの芸能界復帰というタイミングで出されているのには、過去の謝罪と精算をし再出発を図りたいという気持ちがあったのでしょう。

この本では、失踪騒動の真相、フィリピンに戻ってからのこと、芸能界復帰について、謝罪と反省、そして感謝の言葉を述べながら過去を振り返っています。

日本を脱出する際にはフィリピンで女優になるという夢があったようです。実際に何本かフィリピンの映画に出演はしたもののフィリピンでの撮影スタイルに馴染めず仕事はあまりうまくいきませんでした。

しかし一方で、フィリピンで家族と一緒に暮らすことで過去の自分を対象化できるようになったとしています。

 私の中で、日本へ帰りたいという気持ちが少しずつ熟してきた。それは日本を飛び出したときの気持ちに整理がつけられるようになってきた、ということでもある。
1995年9月、突然の仕事放棄で、私は自ら日本での道を閉ざしてしまった。無責任きわまる方法だったが、当時の私の精神状態は、そこまで追いつめられたものだったのだ。あのまま日本で芸能活動を続けていたら、私はストレスと自ら築いた壁のために、つぶれていただろう。
日本で賞をとってからの私は、仕事を楽しむことができなくなっていた。楽しめなければ思い出も残らない。仕事の達成感も、充実感も、そして熱意も枯れていた。教会で自分の過去を振り返ったとき、そのことに気がづいた。フィリピンでの日々は、病んだ心のリハビリ期間として必要だったのだ。家族と離れて日本で暮らしていたら、安定した精神状態を回復するのは無理だったと思う(p.211-212)。

同時に素直な感謝の気持ちも芽生えるようになります。

 私は、自分のわがままを自覚できるようになった。日本にいた当時の私は、とんでもなく自分勝手だったのだ。そのことに気がつくと、私のまわりの大切なものがようやく見えてきた。それは、私を女優として育ててくれたモトコさんであり、日本を離れてからも私のことを心配し続けてくれる友だちであり、私を女優として受け入れてくれた日本という国であった(p.193)。

こうしてまた日本へと戻ってくるのですが、女優として次のような夢を描かれています。

夢は障害を持った人を演じること。それは私にとって、女優として大きなチャレンジになるだろう(p.248)。

これは脳に障害を持って生まれてきた子供に影響を受けてのものです。

日本復帰後、未だこのような役を演じる機会は訪れていないと思われますがいつか見てみたい気がしますね。

撮影時のエピソード

本書ではドラマや映画撮影時のちょっとしたエピソードも紹介されていて面白かったです。

映画『月はどっちに出ている』では、ルビーモレノ演じるコニーが恋人の忠男(岸谷五朗)とその母親でフィリピンパブのママさんの3人でテーブルを囲むシーンがあります。

コニーを息子から遠ざけたいがために東京から長野の店に移らせようと「雪見れるのよ」と安易な言葉でやり込めようとする忠男の母親に対し、「ええ加減にせんかい!雪なんか見とないわい!」と啖呵を切る場面で、雪に特別な感情を持っているため「雪を嫌いなフィリピン人」になり切ることができず12回NGを出したというのは何とも可愛らしいエピソードでした。

また、ドラマ『フィリッピーナを愛した男たち』では、フィリピンでの敏夫(玉置浩二)との再会シーンは実際にその日まで本当に玉置さんと会わせてもらえずサプライズ的に演出された撮影であったという裏話も披露されていました。

ほかにも超大御所俳優の小林旭さんにやさしく演技指導してもらった話や永瀬正敏さんに初めてのベッドシーンをうまくリードしてもらった話など懐かしそうに回想されています。

おわりに

『悲しい国、ニッポン』は日本での自身の行いについての謝罪と日本への感謝の気持ちが真摯に綴られた本でした。

ちょっと好意的に解釈し過ぎかもしれませんが、売れっ子になり少し荒れていた時期もあるけど根は素直なんだろうなぁと思わせられました。

ルビーモレノの人となりについて何となくわかったような気がします。

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