今回は、津田信『幻想の英雄 小野田少尉との三ヵ月』という本について紹介します。
最後の日本兵とも呼ばれた小野田寛郎氏の手記代筆をしたゴーストライターである津田氏が、あまり表立って語られることのない小野田氏の本性を暴露したルポルタージュです。
この記事の概要
津田信『幻想の英雄 小野田少尉との三ヵ月』の書籍情報
Kindle Unlimitedの対象です。
タイトル | 幻想の英雄 小野田少尉との三ヵ月 |
著者 | 津田信 |
出版年 | 2014年 |
出版社 | メディアタブレット |
目次
本の目次
- 一 帰国
- 二 「小野田手記」
- 三 伊東での共同生活
- 四 三十年戦争への疑問
- 五 ルバング島に向かう
- 六 「手記」出版までの経緯
- 七 ブラジル移住
- あとがき
津田信『幻想の英雄 小野田少尉との三ヵ月』の内容紹介と感想
出版の動機
本書は、小野田寛郎氏の手記のゴーストライターであった津田氏が、明らかに事実と異なることを書き、読者に間違った小野田寛郎像を抱かせてしまったということへの後ろめたさから、出版に至ったと言います。
なぜあのとき、彼の話をそのまま書かなかったのか。書いておけば小野田寛郎が命令を守り抜いた“最後の武人”でも“英雄”でもないことを世間に知らせることができたはずだ。
p.150
著者の津田氏は小野田氏と同世代であり従軍経験もあるということで手記代筆を引き受けることになります。約3ヵ月に及ぶ共同生活の中でのインタビュー、ルバング島への取材、原稿の校正などについて触れながら手記代筆の舞台裏を紹介しています。
初めは緊張感を持って臨み、小野田氏の言葉に心を動かされることもあったと言いますが、日が経つにつれて尊大になっていく態度や言動の矛盾が気になりだしたと言います。さらに、繰り返される島民殺傷の自慢話や、自らを美化しようとする加筆や修正の依頼に嫌気がさすようになったとまで語っています。
手記よりも面白い!?
映画『ONODA 一万夜を越えて』を観たことをきっかけに、何気なく本書を手に取りましたが、これがめちゃくちゃ面白いです。下手したら小野田氏の手記よりも面白いくらいです(書いているのは同じ津田氏なのですが)。なぜなら、こちらにこそ小野田氏の本性が正確に描かれているように感じずにはいられなかったからです。
津田氏が手記代筆の過程において、小野田氏に不信感を抱き始めてからはやや批判的に過ぎるきらいがあるようには感じました。ジャングルでの生活についての次のような言葉はさすがに少し言い過ぎという気もします。
「三十年間、楽しいことは一つもなかった」――記者会見で彼はそう言ったが、ひょっとすると、苦しいこともそれほどなかったのではないのか。
p.256
しかし、本書を読み進めれば、津田氏の言い分にも一理あると思わせられるのもまた事実です。本書では、小野田氏の言葉、あるいはその言葉の裏を読む鋭い観察眼や考察が披露されています。
「本当に終戦を知らなかったのか?」「なぜ山から下りてこなかったのか?」という核心的な疑問に対しては、空想、人間嫌い、親・兄弟との不和などをキーワードにして、著者なりの分析を行っています。
その分析は、弱点に触れられたり本質を衝かれると敵意むき出しで人一倍強い反応を示したという小野田氏が「轢き殺してやる」と激怒した野坂昭如による手記に対する批判文とも重なるところがあります。
また、上記と通ずるところがありますが、山を出るためになぜ「上官の命令」が必要だったのかということについての著者の分析も興味深いものがあります。
おわりに
以上、津田信『幻想の英雄 小野田少尉との三ヵ月』についての紹介でした。
著者の津田氏は、単にゴーストライターではなく芥川賞や直木賞の候補に何度も入っている作家としての顔もあり、物事の本質を見抜く観察眼や洞察力には感心させられました。同様に野坂昭如の批評にもひどく感心させられましたが。
このような暴露本を出版するにあたり、批判されることは容易に予想できたはずですが、よく出したなと評価したいと思います。英雄や武人ではなく別の角度から描いた小野田寛郎氏の姿は一読の価値があるのではないでしょうか。
Kindle Unlimitedの対象です。